嘉永六年八月、三条代官所は、財政再建のため経費削減策を達した。また前年一〇月、三条組はじめ五組より提出した改革願いについて一部を認めた。増加する出費をまえに、倹約と借金の借り換えを主とした内容の改革が成功するはずもなかった。安政四年八月、村上藩の大庄屋や御用達が、藩への定用金などについて、議定書をとりかわした。卯年以前の調達金はみなかりすえとした。今年の御新借金はめどもたたないので、三月中奉行はじめ出府して江戸表御廻金一万二〇〇〇両とさだめ、そのほか当境御定用金五か組御用達米方の者ひきうけ、くりだすことととした。そこで、御物成米はじめ御入高すべて下方へおまかせとなった。よって、組々質地の分は金一両につき米二升をもって減利を金主へ示談におよんだ。その他借財は新古とも無利息借り末としたいとの達があった。