領主財政

池之端知行所でも、領主財政は窮迫していた。元治元年、池之端役所は、領主の溝口直壱が御留守居役に転役となったために、その経費が必要になった。そこで、本家の新発田藩から拝借したものの返済金のうち二〇〇両を上納し、のこり一〇〇両を五か年賦で上納するよう領内に命じた。領分では近年難渋となり、おいおいの御転役御治定お手伝い金の上納も差し支えて、余儀なく猶予を願っていた。それについては、未納の分はすべて御免となった。今回のお手伝い金上納も、願の結果、当子暮れ一〇〇両、来暮れ一〇〇両、のこり一〇〇両は来暮から無利息五か年賦で、上納することを願い出て許可された。元治元年九月、池之端知行所村々は、先納金を納めている。同年一〇月にも、池之端役所は、薄用金才覚を命じた。近年たびたび御役替で多分御抱人、若殿様上洛お供、引き続き当年御進発御供、本家へ二〇〇〇両の拝借を申し入れたが、新発田藩でもいろいろ出費多くそれもなりがたい、よって御用金を命ずる、というものである。水原町人一〇名が計二八〇両を上納した。

領主財政